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スキマ産業vol.23と新聞的なモノ
石橋英子さん×アチコさんがまた来る。
一年ほど休んでいたスキマ産業を再度やろうと思ったきっかけは
とうめいロボちゃんのレコ発だった。
このうたをたくさんの人に
届けなければと企画した。
そして、当時MONGHANGのライブで京都に来ていた
英子さんから物販に並んでいた見慣れないCD
「石橋英子×アチコ」を手にいれる。
BAさんも絶賛であった。
家に帰って一聴して後、
その日のうちに大阪・京都と2デイズ
スキマ産業を行う事を決めたのだった。
初めての試みは大変だった。
ただ、得たものは大きかった。
そして一年後にタテタカコさんとレコ発で来られることに。
ファンダンゴとアバンギルドで行われたスキマ産業は
いずれも大盛況だった。
この成功は、スキマ産業における
「理想」そして「意味」を見出すことになる。
フライヤーの作成・HPの更新。
そして大阪・京都の各地へのフライヤー配布
ピックアップされたイベントへの
ライブ後のフライヤー撒きの宣伝。
ネット各所での宣伝。
はたして
これに意味はあるのか?
ここまで時間を割いて
どんな結果が
待っているのか。
それは二日間のスキマ産業が終わった後の
出演者・お客さんの笑顔に尽きるのであった。
人生に何度
あぁ、この瞬間のために俺は生きているのだ
と実感できる瞬間があるだろうか。
二回目のスキマ産業出演
ファンダンゴ・アバンギルドが終わった後は
すっかり英子さんアチコさんとも仲良くなって
新幹線を見送る時は涙ものだっけか。
音楽はそうして
人と人を引き寄せ、そしてつないでくれる。
音楽の可能性が
新たな自分であったり
知らない世界への誘引であるとしたら
それは人が人にできることの最たるものな
気がしてならない。
この音楽を
スキマ産業を知ることで
それをきっかけに
何か違う自分や
普段と違う事を始めようとする
きっかけになれることができたら。
それこそが
意味なのかもしれない。
断定はしないが。
アチコさんの歌を聴くと
自然と
アチコさんの顔が浮かんでくる
笑顔や、はっとするほど
厳しい表情。
喜怒哀楽が
ステージ中にめまぐるしく
展開する
そして
MCでほどける笑顔。
ほどけるというのがふさわしい笑顔。
それにまた会える日がくる。
今回
また、縁があってのスキマ産業出演。
京都のみの企画になるが
この一月の寒い京都を暖かくすることができたらと思う
あえてのメンツ。
ムーズムズとたゆたう
ムーズムズ
この歌の世界にあえて
彼らを組み合わせたかった。
今回の石橋英子×アチコを
思った時
オープニングは
ムーズムズというイメージが頭に
すぐ浮かんだ。
ライトだがディープ
そしてダンサブル
どこへいくのか彼らは。
そのムーズムズでしかない
らしさをもって。
そのらしさでもって
今年一発目のスキマ産業の
オープニングを鳴らしてほしいと思った。
そして
初めて
石橋英子×アチコを大阪に呼んだ時の出演の
たゆたう
彼女ら二人もまた
たくさんアコースティックのユニットを
見てきたが
彼女ら二人でしかない
音楽を奏でるのだ。
それは
たゆたうでしかない音楽
ヤキナオシなど響かない。
この日
四つのジャンルが揃うと思う。
カテゴライズはよくわからないが
それがスキマ産業である以上
スマートな何かを
感じることができる日である事は
間違いないのだ。
スキマ産業はくりかえされ
そして継続していく。
関西にも全国にも
色んなイベントがある
俺の知らないイベントもたくさんある。
が、ゆえ
一番
という言葉使いたくないが。
僕が知っている限り
スキマ産業は圧倒的に音楽イベントだ。
アバンギルドはシンプルな
会場だ。
そこには派手なデコレーションもなく
音楽だけが満ちる。
そして
演者は音楽を奏でる。
自分達の音楽を
自分達の信じる音楽を、世界を。
それが聴く人にどう響くのか
どう届くのかはわからない。
ただ、届く場であることは
きっと違いない。
音楽を全身で受けて
そして、それを各人がどう解釈するのかはわからない。
それは好き嫌いがあるから。
理想は理想
継続することに意味はないのかもしれない。
人は飽きる生き物だから
馴れる生き物だから
そうして
人が去ってしまったら
それはさみしいことだが
仕方がないのだろう。
また、新たな出会いを求めて
続けるのみなのだ。
どんな状況になっても
この納得いかない世の中や
現状のためにも
音楽が日常にあるとして
スキマ産業は継続される。
フェスほどの大きい成果をえることもなく
地味にひたすら続く。
評価されることはあるだろうか
ないだろうか
スキマ産業は23回目だ。
今はまだ
そんな評価には興味がないかもしれない。
50回目ぐらいになったら
興味がわくのかも。
今はただ
24回25回までが決まっており
そして、
我々のおもう理想のために
続けるのだ。
あぁ、生きてて良かったぜ、今
それを何度でも味わうために
誰が言ったか
音楽は生きる糧。
居心地の悪い場所しかなかったら
自分で作ればいいのだ
そして楽しめばいい
その音楽が暗かろうが
踊れないだろうが
関係ない。
それが自身の居場所であれば
きっとそれでいいのだ。
とりあえずは
久しぶりの京都での
石橋英子×アチコ
三度目のこのインパクト。
来場いただく皆様がきっと
楽しんでいただけるように。
